人生 あ・ら・か・る・と 年齢を重ねてきた今、昔から大切にしていた記録、メモ、本、レコード、などから、これまでの人生を振り返るエッセイのコーナー「人生あ・ら・か・る・と」です。 掲載は月1回1日。筆者は4部のKOさんです。どんな話題が出てくるか、お楽しみください。 2025/08/02 第10回 諏訪湖へ ~後編~ 諏訪湖にはキャンプをする場所など無く、松本に向かって行けば、途中に塩尻峠があり、そこならテントが張れると教えてもらい、又走った。 何とか塩尻峠に辿り着き、真っ暗な中、懐中電灯の明かりを頼りにテントを設置して、時計を見たら、午後九時を指していた。持ってきたものを適当に食べ、疲れ果てて急ぐに寝た。 翌朝目を覚まし、時計を見たら午前八時!あわてて食事をして、テントをたたんで荷造りをし、九時頃には出発した。(帰りにどの位の時間がかかるのか?せめて明るいうちには帰り着きたかった。) 帰路は国道20号線を南下し、山梨県に入り、韮崎市を経て、昼前に甲府市に入り、甲府駅で冷凍ミカンを買って涼を摂った。(甲府は四方を山に囲まれた盆地で風が無く大変暑かった。)甲府からは、国道140号線を経て、国道52号線に入り、更に南下し、身延町、南部町、やっと静岡県に入り、由比町、清水市を通り、国道1号線を今度は西に向かって走る。(浜松までの帰路約210km)国道1号線の静岡市までの道は、大変トンネルの多い所で、静岡市内の食堂で、洗面所の鏡に写った顔は、煤で汚れており、洗顔してもネチネチして落ちない。袖を捲った腕は赤く火傷をしている様だった。1号線をひた走り、帰り着いたのは、午後6時前だったと思う。 今想えば、何の情報もなく、地図だけを頼りに往復約350kmの道程を完走できたのが、不思議に想う。諏訪湖に立ち寄ることもなく、ただひたすら走りに走り、途中アクシデントはあったが、無事帰り着けたのは、奇跡に近い。途中、何処かで給油した筈だが、覚えていない。テントを張った塩尻峠の風景、通過した市町村等を視る余裕はなく、ただひたすら前だけを見て走った。 甲府駅でカチカチの冷凍ミカンを買って食べたことと、韮崎市の急カーブの所で、俳優の佐田啓二氏(中井貴恵、貴一、姉弟の父)が交通事故で亡くなった場所を通ったことは覚えている。往路の国道152号線の山道を通るのはトラックのみで、乗用車は一台も見なかった。 忘れ得ぬ、青春の1ページである。 余談だが、其の後オートバイとの付き合いは30代にブランクはあったが20代でYG-65(ヤマハ)、CL90(ホンダ)CB250(ホンダ)40代でGB250(ホンダ)FZR250R(ヤマハ)と乗り継いで70才まで所有していた。 オートバイの面白さは、解放感とスリルだ。車の様に箱の中に入っていると云う安心感が無い。一歩間違えれば命に係わる。 それを避けるためには、一瞬の油断も許されないスリル。それがまたたまらぬ魅力に繋がる。 若者が夢中になるのは、そのスリルと解放感だと思う。 和合町在住 K・O 記事一覧を見る