人生 あ・ら・か・る・と 年齢を重ねてきた今、昔から大切にしていた記録、メモ、本、レコード、などから、これまでの人生を振り返るエッセイのコーナー「人生あ・ら・か・る・と」です。 掲載は月1回1日。筆者は4部のKOさんです。どんな話題が出てくるか、お楽しみください。 2026/02/02 第21回 いつも音楽が傍らに 「ジャズ」 後編 デキシーランドジャズの最高峰は、ルイ・アームストロングで、サッチモの愛称で呼ばれ、「ジャズの王様」とも云われ、没後55年経つ今日も、愛され尊敬されている。演奏もさることながら、ダミ声で歌う(聖者の行進、このすばらしき世界、ハロードーリー、セシボン、ムーンリバー)等々、味わい深い歌唱である。又、「ジャバダバ」スキャットを発明したジャズボーカルの先駆者でもある。 デキシーランドジャズに多くの白人音楽家達が興味を持ち、折からのダンスブームに乗って、その伴奏バンドとして、ミラールームと呼ばれる大きなホールに適した15~20人前後のビッグバンドを編成し、スイングジャズの時代に入り、ジャズ発祥の地ニューオーリンズから、シカゴ、ニューヨーク、カンサスシテイ等へ広がっていった。 白人のバンドでは、ベニー・グッドマン(白人のバンドで唯一才能のある黒人を採用した)。 トミー・ドーシー、アーテイショウ、等々。 黒人のバンドでは、デユーク・エリントン、カウント・ベーシーが双璧で、両楽団は長きに渡り第一線で活躍した。演奏だけでなく、歌手を専属で迎えるようになり、ビリー・ホリデイ、エラ・フィツジェラルド、サラ・ボーン、等の黒人歌手が活躍したが、人種差別で苦しんだ。 当初は、ダンスの伴奏だったが、音楽が評価され、ナイトクラブへと活躍の場を移していった。ビッグバンドで演奏していた人達の中で、それだけでは満足しない人たちが、仕事後にクラブに集まり、ジャム・セッション(合奏)をし、自分だけの音楽を追求するようになったころ、第2次世界大戦がはじまり、スイング時代は終わり、ビバップへ移って、コンボと云われる3人から8人編成のバンドへと変わっていった。 演奏者たちは、自分にしかできない音やテクニックを追求し、ファンは置き去りにされた感があるのは、私だけだろうか? それから更に、クールジャズ、モダンジャズ、フリージャズと姿を変え、現在に至っている。 デキシーランドジャズとスイングジャズは好きで今も聴いている。 次回は、女性を主としたジャズボーカルに触れたいと思う。 筆耕:和合町在住KO 記事一覧を見る