人生 あ・ら・か・る・と 年齢を重ねてきた今、昔から大切にしていた記録、メモ、本、レコード、などから、これまでの人生を振り返るエッセイのコーナー「人生あ・ら・か・る・と」です。 掲載は月1回1日。筆者は4部のKOさんです。どんな話題が出てくるか、お楽しみください。 2026/09/01 第30回 「祖母 その5」 オバアチャンは、ニワトリと山羊とアヒルを飼っていた。 山羊は、人に頼んで小屋を建て、そこで飼っていた。餌は、野菜の残り物や、サツマイモの葉などで、充分間に合った。三男と四男は、山羊の乳を飲んで育った様なものだ。 アヒルは、隣家との境に生活排水を流すドブがあり、そこで3~4羽残飯を与えて飼っていたが、あまり卵は産まなかった。時々、弟二人が近くの小川へ連れて行って水浴びをさせていた。 ニワトリは、物置小屋の庇の所にオバアチャンが、手造り小屋をありあわせの材料で作ったが、何せ何処からか調達してきた錆びたトタン板の屋根、使い古した金網で周りを囲い、ちょっと強い風が吹けば壊れそうな小屋だった。(不具合があると、私と弟達で直した。) 近くに、ニワトリのヒナを育てている家が有って、ヒヨコを買って来て育てた。成鳥に育ち、10羽~15羽いたと思う。毎日何個かの卵を産み、朝の食卓の卵かけご飯として、多いにに役立った。(其の後、物価の優等生と云われるようになったが、バナナと供に、当時は高価で貴重品だった。)兄弟が6人だから1個の卵を2人で分け合って食べた。(それでも、毎朝楽しみだった。)朝、学校へ行く前に餌やりを手伝った。ある朝、どうも様子のおかしいニワトリがいて、気になっていたら、夜の食卓に…。 「トリノ、ササミダゾ、オイシイゾ」とオバアチャンは勧めるが、食べられなかった。 年に何回か、それも冬の寒い時季の真夜中に、突然ニワトリのけたたましい鳴き声で目を覚ますと、イタチがトリ小屋に侵入。1~2羽が犠牲になる。 山羊やニワトリのお陰で、我々兄弟は育ったと思う。 次回に続く(掲載は9月2日) 筆耕:和合町在住KO 記事一覧を見る